『儒教・仏教・道教』

菊地章太
出版社:講談社
発行:2008年12月
ISBN:9784062584289
価格:¥1575 (本体¥1500+税)

社会下層では同一の信仰                                                             ぽちっとな

 浄土宗を開いた法然は鎌倉時代初め、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えれば誰でも極楽に往生できると説いた。
現代の私たちなら「なぜ?」とまずは根拠を尋ねるだろう。だが当時の民衆は「ありがたし」と欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した
。良き生まれでなくては、学問がなければ、財力がなければ。ことあるごとに往生から疎外されていた彼らは、平易な教えを
単純かつ不思議なるがゆえにすすんで受容した。宗教は深遠な思索だけでなく、ときに原初的な、不合理ですらある命題を
取り込んで一層耀(かがや)きを増す。それゆえ法然が準備していた精緻(せいち)な論理を分析するのも興味深くあるが、
それをまるごと当時の社会の中に置き、大まかに俯瞰(ふかん)するのもまた有意義である。本書はこの方向性を以(もっ)て、
儒教・仏教・道教がいかに影響しあい、宗教的な融合(シンクレティズム)を形成しているかを解き明かす。

 ヨーロッパ思想はキリスト教とギリシア思想から成る。両者は異なる淵源(えんげん)を有するが、早くから交差して成長した。
一方、東アジアでは儒教と仏教と道教である。これらは社会の上層の人々にとっては異なる宗教であるが、下方へ目を転じ
ると、実は同一の身体を有している。雄大な幹から力強く派生する三本の枝(キングギドラですな)なのだ。

 儒教は「社会秩序」において、あるべき人の道を模索する。これに対し道教は「自然」を尊重しながら、現世での幸福を希求
する。仏教は思い切って現世を否定し、転生の輪廻(りんね)からの脱却=完全なる消滅を目指す。三者は異なりながら奥底
で繋(つな)がり、宗教的なごたまぜ状態を構築する。本書はそのダイナミズムに鋭く斬り込んでいく。わが国のお盆行事は仏
教祭祀(さいし)のようで、実は儒教概念に基づいている。そう説かれて「え?」と疑問を持たれたあなた。ご先祖様を大切に
祀(まつ)るわが国の仏教は、ではどうやってインド本来の仏教から変容したのだろう。そう興味を抱かれたあなた。必読の書
です。

 ◇きくち・のりたか=1959年生まれ。東洋大学教授・比較宗教史。『老子神化』『悪魔という救い』など。

講談社選書メチエ 1500円

評・本郷和人(日本中世史家)

(2009年1月19日 読売新聞)